店主が中学2年生の頃からの6×6リコーフレックス、オリンパスPEN-Fで撮影した写真貼りまくり帳
遙か昔の世界をブレブレ、トリミングしまくり写真です。当時の背景等も含め、細く優しい眼で「当時」をご覧願います。

記憶違いの記載の内容はご容赦くださいまし。判明したら訂正いたします・・。冷房化が始まる前の巻き-その1
   
京急400形429
 ↑↓小僧リコーフレックス6×6を首からぶら下げて、1/100シャッターをゆっくり切る。6×6はやっぱ綺麗やと今更・・・
京急1000形1161
 ↑富士山形特急板
京急600形パルラータ、油壺マリン開業車体シール
 ↑「PARLATA」だ!! はやる手がシャッタ-を押しすぎ、ぶれる  ↓サボ「週末特急」流れて涙
油壺マリン開業車体シール
 ↑↓中学の教室であの独特の「ぶう゛ぃ~ん」音を発する600が来たのを検知、ふと見ると遠目に「これ」が!! 土曜日に学校から文庫へ自転車で直行
京急600形油壺マリン開業車体シール
京急500形509
 ↑↓ついでにいろいろと撮りました。白熱電球前照灯!
京急500形510
 ↑窓と側板の空力抵抗凄すぎる平滑印象
京浜急行500系デハ501
 ↑元SCAN版  ↓トリミング
京急500系501
 ↑↓4連化後でも500は美しかった。店主の知る急行板はこれが最古。運番も入っている、今思うにダイヤ改正毎に製作、廃棄?在庫的にビックリ。
前照灯シールドビーム化。改造部を赤く塗るが、パンタシューの汚れで前面円形部が赤く残る。これがおしゃれ。
京急500系502
 ↑後ろ撃ちになるが急行板の運番は消されている
京浜急行500系デハ501
京浜急行500系サハ551
 ↑サハ551
京浜急行500系デハ501
 ↑車内椅子
 京浜急行1000形デハ1025
 ↑貫通化工事直後の1025
 京急1000形1017
 ↑京急で唯一「しゅ~っ、しゅ~っ」言う車両で、運転台に「パンク検知」ランプが付いていました。オレンジに白三角の久里浜発/行の方向板
京急デト30形34
 ↑デト34 若干拡大
京急デト30形34
京急400形473品川
 ↑↓品川
 京急400形421
 ↑アンチクライマー周辺、何やら再塗装 ↓更新後、まぁ直後の姿
京急400形421
京急1000形1041
 「お正月を写そう~!」右上の柱。風情がありました。たまたま撮影日の話。運番記入した急行板。徐々に運番が消されていく。
○印白抜きの急行用方向板もなにやら修正が
浦賀発は空色地、逗子発は緑地に丸抜き 
京急1000形1041
上の1041と比べで↑↓屋上雨水配水管がにょっきり伸びている多雨天の時、勢いよく発車すると車掌さんの頭にドッパァ~とかで
京急1000形1044
京急400形445
 ↑車両より後方の景色、今はどうなっているでしょうというより見えない状況
急行板が差し替え式になったシャレオツ最終形。オールM440
京急400形448
ハーフ判の青枠内の拡大 ※高画質SCANの良いところ
京急400形448
京急400系473
 ↑金沢文庫473夕景 各駅停車(当時の呼称)方向板は逗子-緑地、浦賀-紺地に白細線の四角囲い。43と記載された運行板は俗称「トーフ」
↑↓店主、白熱電球前照灯の最後の撮影
京急400系474
 ↑露出計無しで「フィルム箱記載を換算」ブレもほぼ無し。店主的には「佳作」です。
京急富岡-能見台
 ↑国道16号の混雑具合を。店主はこの駅間を西柴中学校へ通学で470等に良く乗りました
京急400形448
 ↑↓方向幕が運転台内側に取り付けられて前方の視界が悪くなってガックシ。
京急400形438
 ↑470の車体で数余り。4連組めずに420系列の組成車となる437-438↓ 
京急400形437
京急400形464
海水浴特急 ↓雨樋がせり出す更新車。パンタが連結面に移設されてしもた。
京急400形469
京急500系503形
 ↑↓ドア倍増のNew500。台車も新規に製作。150kwモーターの起動は1ノッチで「大ゴン!」京急イチ起動衝動のデカイ車両だった
京急500系510
京急700系702
 ↑702 電気ホーンを吊り下げているが、その音は聴いたっけなぁ~。
京急700系728
 ↑↓この顔になって好きになったが、更新4扉の500系(460も)とともに空転大魔王。検修関係者を手こずらせ、運転士には嫌われた。
京急700系723
 ↑723,724↓運行開始間もない頃
京急700系724
京急700系740
 ↑運転関係からは「いらんわ」、車両関係は「一定数を作る」←本当の理由は??。のような暗闘の時代が700系が増備される度に・・・。
京急1000形1201
 ↑遂に1200番台登場~。なんや、ほぼ変っとらん。ガックシ。本当の新製車は1207~。
写真のトップナンバーの1201は元1079の改番車。1206は1080の改番。
中間車の1202~1205
は1年遅れで増備されたが、組成変遷などは専門誌で。
京急1000形1148
 ↑種別板一括収納箱になる前の特急板
京急400系462
 ↑↓OK8台車は大舟に乗って揺れている感じの優雅な上下の揺れだった
京急400系464
 ↑初代の600系(デハ600/クハ650)サハはクハ650を電装化して1000形同様の車体を新製し、サンドイッチにされた。
京急400系462
京急400形408
 ↑↓401~436は大手の標準車的ニホイプンプン「音は好き」
京急400形412
 ↑420番台までの車両はウインドシルヘッダー月の原型継承形の更新車体
京急400形425
 ↑420番台はノーシルノーヘッダのタイプで更新。そこそこ垢抜けて見えた
京急600形632
京急600形632
 ↑↓600形の客窓は冷房化されるまでアルミサッシは「塗り」だった車両と下段アルミ地肌の車両が確認された。
京急600形637
 ↑「海水浴特急」種別板。ギリギリ急行灯を避けてデザインされている
京急600形621
↑↓客扉のHゴムは600形は黒、1000形は当初白色。徐々に黒Hゴム化された 
京急1000形1053
京急600形624
京急600形613
 ↑↓車体に快速特急のサイドボードが入れられている。
京急600形620
京急600形637
京急600形621 
 ↑サボ受け壊れる ↓ワイパーをキッチリ移動
 京急600形621
京急600形640
京浜急行700系
飛び石のあるこの小径は、線路伝いになかなか怖い崖の中腹を通って線路伝いに谷津坂駅まで行けた。
左の空地に出た 
京浜急行1000形デハ1017
京急1000形1008
 ↑↓杉田駅橋上化で構内踏切の死傷事故は無くなった
京急1000形1020
京急1000形1017
 ↑↓1251~登場前は唯一の空気バネ(試作試用編成)1017~1020
京急1000形1017
 ↑東急製TS313を履く1017,1018。珍しいと判っていながら台車の写真をとらなかったおバカ加減
京急1000形1020
1019,1020は川車のOK-22形式で、DT32の先端を行くエアベローズカバーだった。
京急富岡駅
京浜急行1000形デハ1024
 ↑浦賀発空色板 急行
京急1000形1049
京急1000形1053
 ↑↓急行板だが、下は文字の形が若干斜体かかった最終形
京急1000形1068
京急1000形1070
 文庫駅構内信号故障発生! 
文庫構内
快特発車後、各駅停車に進路を開通させるためポイントを手作業で転換中
文庫駅構内制御の踏切遮断機が動作しないため、係員が遮断桿代わりに警戒 
京急快速特急サボ
 ↑何となくサボ撮影。字体がスピード感を強調。その後「速・急」を削除して正式名も「快特」となった。
京浜急行1000形デハ1119
京急230形239
 ↑↓この頃は荷電としても本線を走っていた。
京急230形244
京急230形238
京急1000形1212
谷津坂付近
京急1000形1219
都営5000系4連
 ↑都営車4連時代
金沢文庫駅
 ↑金沢文庫構内品川寄りの配線をお楽しみ下さい。
 ↑↓撮ってみたいお年頃
文庫構内夕景
文庫駅夕景
 ↑東急車輌の壁に書かれた文字。
-------------------- 東急車両モニ101と逗子線日中走行時代 ----------------------- 
東急車両モニ101逗子線走行
 ↑↓やってきましたモニ101  後方の煙突は逗子市の焼却工場
東急車両モニ101逗子線走行
 ↑↓当時は逗子線の列車を運休にして車両回送を行っていた 
   ダイヤにもスジが設定されており、回送運行の時は神武寺駅の出札窓口は臨時運休する旅客列車の
  時刻が掲示されていた。上下列車のすれ違いは線路の敷設方法もあって、問題は無いとされた。
  しかし、京急の営業列車を休止してまで回送するのには、利用客からも乗ろうとしたら運休の
  苦情もあり、「お上の指導」が有ったのか無かったのか、その後、夜間の回送に限定された。
  東急車両とすれば、深夜の回送になるのでコスト高になるので抵抗?はあったのかどうか。
  保線・信号担当の方々は内側の線路が滅多に運転されないので、サビによる通電性低下による
  信号回路誤動作防止のためにレールに通電性の良い銀などを含む溶接材料を間隔を適度に
  空けて盛り溶接※したり、信号回路の保全に苦労されていた。
  ※運転速度が低いのと、貨物回送なので溶接に乗り上げてゴロゴロ振動しても影響は無かった。
   知る限り南部縦貫鉄道も営業がレールバスのみになって運転頻度も無いため、信号電流不検知
   による踏切誤作動があって、踏切リレーの部分には同じような溶接を実施していた。
  保線もPC枕木化は3線専用の特注枕木でなければならず、費用分担?などで中々PC化出来なかった。
  六浦駅の上りホームも国鉄の車体限界の関係でホームと車両の間に大きな隙間が出来て、乗降客
  が増加するにつれ事故防止の観点からも厄介者扱いだった。
  近年、駅部分の1067mm線路に複線路中央寄りにするトランスポイントが駅の両端に取り付けられ、
  隙間の解消が図られた。これが出来たので絶対完全?に営業車運行中に回送は出来なくなった。
  回送のために旅客営業列車運休は類似の例で現存するのはイズハコ社の大雄山コデ回送がある。 
東急車両モニ101逗子線走行
 ↑当時コンテナを大量に受注していたよう。まさかコキ50000も一緒に製造、セット納品したと思われるほどコキが綺麗!
 東急車両モニ101
 ↑↓ゼイゼイ~!走って神武寺駅に。当時は体力あった(苦笑)
既にパンタが下げられて入れ替え待ち。職員は東急車両
ここまで架線があって門扉もあった(開扉中)
東急車両モニ101神武寺入換
 ↑↓入れ替えが始まった。この場所は米軍の用地で関係者以外立入禁止で銃を携帯した米軍の守衛が見張っていた
東急車両モニ101神武寺入換
 ↑入れ替え、誘導は国鉄の職員が行う。入換機関車は左側の先に居るが、そこに行くにはは大回りで撮影出来なかった
DD12形1号
 ↑↓神武寺線(店主勝手呼称)の当時の入換機関車DD12。ディーゼル発電の電気式機関車。さしずめ今風に「オレンジ・ベア??」
DD12形1号
EF10自動車輸送用貨物牽引
 ↑↓ついでに大船駅横須賀線ホームも掲載田浦方面の自動車会社から完成車の輸送
クモニ83804
 ↑↓大船工場職員輸送用??クモニ83804+
 京浜急行400形デハ408
京急上大岡駅
 ↑上大岡駅
京浜急行1000形運転台
 ↑時代の先端 京急ATS 表示箱 「押しスイッチ」ご存じの年代の方は2018年現在で何歳位迄かなぁ~。
   
じぇじぇじぇ~!
フィルムの危機紹介
・大量スキャンのアドバイス
・店主的フィルムスキャナ比較
ビネガーシンドローム(フィルムが丸くなる)
スキャン営業内容他
ブローニーSCAN等
・フィルムデータ保管法
・取り込み解像度比較
スキャナー用フォルダの例
喰ったら体重倍返し
半皿~ッ!グルメ

ウケ狙いで、そろそろ古い?
随時更新中。
お立ち寄りを
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旧客峠駅売、山スカなどお勧め
※店名略称:フィルムスキャンs、通称店名:鈴木写真変電所  
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