※本ページを作成するに当たり、朝日新聞社刊 世界の鉄道1973年版、(株)電気車研究会 鉄道図書刊行会刊 鉄道ピクトリアルNo292、517、668、847号<特集>西日本鉄道を参考にさせて頂きました。出版社及び執筆者の方々に謝意を表します。※触れる形式は店主が撮影した形式のみです。
筑豊電鉄-その2 (昭和56年+平成13年~、3車体連接2000系編)
筑豊電鉄2000形2004,西鉄北九州線1000形1013
 ↑楠橋の折り返しポイントで、非冷房の西鉄車1013と筑鉄車2004の並び。屋根上通風機形状相違 
   2000形の非冷房時代は運転窓下の通風口位置が違う。冷房化で撤去。
   福岡勢の排障器は優雅な楕円形のデザイン。北九州車は単なる柵形も特徴。
   西鉄車は1013号八幡駅前行き。後方は新幹線の高架橋。
筑豊電鉄2000形2001A
 ↑居宅が横浜に戻った店主は不勉強にも、筑鉄の3連接車を西鉄北九州線から移籍したと思い込んでいた。
   ある時、写真を見ていてあれ?西鉄3車体連接車の中間車にドアあったっけ?そういえば前面の窓桟が無い。
   このタイプは主電動機出力が7Kw/個も低くて嫌いな、低加速の福岡市内線車両じゃん。等々疑問が。
   ※御幼少期(苦笑)に乗車した福岡市内線の1000系列の加速の悪さに立腹・・・天神岩田屋が花の時代っす。 
筑豊電鉄2000形2001B
筑豊電鉄2000形2001A
筑鉄2000形3連接車改造対象表
各色は2007年より順次「トレインボー色」化をイメージ。車号(筑鉄呼称色)、◇:パンタ取付側
筑鉄編成 ◇2001A(紫) 2001C(1977 ) 2001B
タネ車 福岡1301A- 北九1043A 福岡1301B
◇2002A(藍) 2002C(1977) 2002B
福岡1302A 北九1043B 福岡1302B
筑鉄編成 ◇2003A(青) 2003C(1977) 2003B
タネ車 福岡1303A 北九1044A 福岡1303B
◇2004A(緑) 2004C(1977) 2004B
福岡1304A 北九1044B 福岡1304B
筑鉄編成 ◇2005A(黄) 2005C(1977) 2005B
タネ車 福岡1205A 福岡1013B 福岡1205B
◇2006A(橙) 2006C(1980) 2006C
北九1062A 北九1063B 北九1062B
筑鉄編成 ◇2007A(赤) 2007C(1980) 2007B
タネ車 北九1064A 北九1063A 北九1064B
※1062~1064は福岡用に製造だが、北九で入籍。
(ピクトリアル517号P165)01~03は1977.6~8月、04、05は同9,10月、06、07は1980.6月製造
(ピクトリアル668号P87)会社の沿革(表) 01は7月5日運行開始、10月15日迄に5編成竣工、 06、07は1980.7月1日運行と記載有り
■おへそライト改造時
 左右分離型の大牟田、宮地岳共通仕様のアルミ鋳物製放熱強化形?ライトケース化にあたり、前面左右窓の下落としが出来なくなり、蝶番を上下2カ所付けて前方へ若干開くように改造された。
■C車改造方法
  タネ車のB車はA車と同じ向きに方転、 運転台と客ドア、窓1枚分を切断し、残りを車体とした。編成の車体分類的にはA+A’+B
■主電動機積替
  55Kw×4個(編成)C車挿入時に施工。
■冷房化
 バス窓のまま1984~1985.06迄に全車竣工。 冷房機AB車8500kcal×2/両、C車10,000kcal×1
■1990~1998の更新工事
 ・アルミサッシ窓化
  上窓下降、下窓上昇のユニット窓化
 ・ステップ段差短縮工事
  昇降口から床面の段差を380mm→290mmに改善 ※どのように改造(善)したのか手元に資料無く不明。
■九州車両
  西鉄北九州線(戸畑線)の大門~日明間にあり、上下列車とも日豊本線の専用跨線橋(に向う、又は過ぎて)直線加速する区間に立地しているため、 じっくり見ることは非常に困難な位置(幼少期記憶上)にある車両工場だった。
 戸畑線に沿って木造の長い建屋があり、建屋と戸畑線の間の留置線?上に連接車両がバラされてゴロゴロしていた。
 戸畑線から引込渡り線があり、入出場はそれで行っていた。修繕が専門のようだったが、九州車両製造と新造車メーカーに名を連れるのは、文献上、1062~1064の福岡向けだけ。福岡行かずにそのまま北九州に来ちゃったこの3編成が最後の新造車のよう。
 ネットで「九州車両」を索引しても見つからない。←探し方が下手なだけか。跡地とおぼしきところは大規模開発かバスの・・・。
筑豊電鉄2000形2001A
連 接 車 比 較 (筑鉄3000形は除外)
全長 定員(人) C車長、ドア有無 A.B各車長(合計) 出力 総数 編成番号
筑鉄3連接 25.30m AB48、C36 6.90mドア有 9.20m(18.40m) 55KW×4※2 7本 2001~2007
北九3連接 23.70m 160 5.30mドア無 9.20m(18.40m) 45KW×4 7本 1045,52~57
北九2連接 18.40m 130 - 9.20m(18.40m) 45KW×4 57本 1001~1064※3
福岡2連接 18.40m 130 - 9.20m(18.40m) 38KW×4※4 30本
  筑鉄3連接定員:02F、06Fの各AB車47人。(ピクトリアル847号P104)
※2 2連接時代は38KW×4 ※4 1305、06の2編成は45KW×4
※3 3連接と連番なので3連接車化編成を除いた車番となる。
   3連接化は当初2連接で就役し、3ヶ月~2年後にC車を新製、組込んだ。
2000形ベタベタ写真
筑豊電鉄2000形2001B
筑豊電鉄2000形2002A
筑豊電鉄2000形2002B
筑豊電鉄2000形2002B
筑豊電鉄2000形2003
↑非冷房2003F ポジで撮影していたら花の色も判ったのだが・・・。
筑豊電鉄2000形2003B
 ↑黒崎駅前行
↓筑豊中間行
筑豊電鉄2000形2003B
筑豊電鉄2000形2004A
 ↑非冷房時代。豪雨で撮影が本気で大変・・・。
筑豊電鉄2000形2004A
筑豊電鉄2000形2004A
筑豊電鉄2000形2004A
筑豊電鉄2000形2004A
筑豊電鉄2000形2004B
 ↑筑豊中間行
筑豊電鉄2000形2004B
筑豊電鉄2000形2004B
 ↑黒崎駅前行
筑豊電鉄2000形2005B
 ↑2005Fはこの写真しかない・・。よほど運が悪いのか。
筑豊電鉄2000形2006B
↑2006と2007は福岡用に前面をニューデザインにして製造されていたが、北九で使用されることになった。
  大きくなった方向幕や前面ガラスの取付位置がワイパーモーターが下部になった関係で上がる等が他車と違う。
筑豊電鉄2000形2006A
 ↑冷房を不使用のようで、上部窓を開けている状況が判る。
バス窓は数十年に亘って上部の換気が出来なかった。
   A車には排障器の上に非常連結棒を吊り下げている。
筑豊電鉄2000形2006A
筑豊電鉄2000形2006A
 ↑曲線にカントがあまり付加されてないのも特徴。付ければもっと・・・。
筑豊電鉄2000形2006A
 ↑橋梁の枕木を交換していたので、交換部分がよくわかる。
筑豊電鉄2000形2006B
筑豊電鉄2000形2007A
 ↑暑いのか左側の側窓を押し開いている。風圧で閉まっちゃうことは無かったのだろうか。
筑豊電鉄2000形2007A
筑豊電鉄2000形2007B
 ↑連接車が快走している証は「幌布パタパタ」。これを見ると元気で走ってるなと感じる
若松市営貨物線若戸渡船・若松・戸畑界隈 新日鉄住金くろがね線   島原鉄道 山陽電軌 各線       火の山ロープウェイ  南小倉造幣廠引込線跡
山田弾薬庫引込線探訪
 
大分交通宇佐参宮線
762mm豊洲線
 鹿児島交通南薩線 熊本電鉄   鹿児島市電2017 熊本市電2017 
筑鉄3車体連接 筑鉄2車体連接  筑鉄2000/3000形
2017.03状況 
筑豊電鉄5000形
2017.03状況
 
筑豊電鉄2011.12 
筑肥線103系1500代    大牟田線
1000形・1300系
 大牟田線
600系・2000系
大牟田線
300系・100系 
大牟田線200系
宮の陣駅移設
 
  宮地岳線300系 宮地岳線313系 宮地岳線600系  若松線と蓄電池BEC819系  かわせみ・やませみ、
いさぶろうしんぺい
  
2013湯布院・別府
七つ干間近線路強化
 
妙見温泉・
妙見発電所
 
鶴丸温泉・吉都線  特急はやとの風・
吉松・隼人駅
肥薩おれんじ食堂列車
皿倉山(帆柱)ケーブル   北九州線   ひさつ 𠮷(松)~(人)吉+きっと鶴丸   やまぎんレトロライン関門人道トンネル    北九州モノレール  
★西鉄北九線
魚町~到津
 
  リバーウオーク   旦過市場(商店街) 下到津
到津小学校周辺
小倉の豚骨ラーメン
  黒崎の名店だった
唐そば(2代目)渋谷店
 
レトロ門司港界隈   唐戸市場・海響館  巌流島渡船競争関門渡船 店主北九州で
ドイツ般若湯
 
・ビネガーシンドロームの実態
・自分で大量スキャン実行方法 
当店のスキャン業務等   店主の地方鉄道巡り  店主のお散歩・グルメ
   ※店名略称:フィルムスキャンs、通称店名:鈴木写真変電所
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